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がんばれ東北人
山崎義雄(2011.8.5)
東日本大震災は東北の山野と人々の心に、無残な爪痕を残して去った。あれほど凶暴に荒れ
狂い、今も多くの人命を飲み込んだままの海が、表面上はゆったりと収まり返ってなに食わぬ
顔をしている。この海が、あの日あの時、本当に何の意志も悪意も持たずに、天意にも関わり
を持たずに襲いかかってきたのか。信じられない思いがする。
その上、この天災は、原発事故という人災と重なって、日本だけではなく世界に大きな衝撃
を与えた。同時に世界の人々は、この大震災の混乱の中で秩序を失わない日本人の行動と姿に
驚嘆し、惜しみない賞賛を寄せてくれた。こうした日本人の行動と資質は、世界の中で見れば
日本人の持つ特質かもしれないが、日本の中で見れば、多分に気候、風土が育てた東北人の持
つ際立った特質でもあ。
作家の曽野綾子氏は「東北の人達は礼儀正しく、苦しさの中でも微笑をたたえていられるの
は、雪深い冬を生き、過去に津波や貧しさを体験し、日常で耐えることや譲ることを知ってい
る人達だからだろう。以前は集団の出稼ぎもあった。苦しみに耐えてきた人達、耐えることの
できる人は美しい」と言っている。(4月9日読売新聞)。
歴史を遡れば「古代東北と王権」(中路正恒著)は、蝦夷と呼ばれた人々が住む地、東北、
古代ヤマトの中で封印され続けてきた東北は、長年にわたって大和王朝の攻略をはね退け続け
た「森の領域」だといい、地図にない路、洞窟、狼煙などを利用して「多孔質の空間」「多孔
質体質」を作り続けたとしている。いってみれば東北人は長い歴史の中で、体制や権威にまつ
ろわぬ¢フ質を持ち、ねばり強い不屈の精神を培ってきたとも言える。
そうした東北人の資質に反して、今回の大震災と原発事故を通じて見えてみたのは、政治家
や原発業界人、学者の非力、不遜、傲岸な姿勢である。政治と科学の非情は東北人の忍耐とは
対極に位置する。しかし、そんなことでいいわけはない。
岩手の生んだ巨人、後藤新平は関東大震災の後、帝都復興院総裁として「単なる復旧ではな
い。復興である」と宣言して今ある東京の基本設計を行った。日経新聞の「春秋」氏は、後藤
は「帝都復興その事は、ただ形式の復興に止まらず、また国民精神の復興を必要とします」と
説き、壮大な復興計画から「大風呂敷」とも呼ばれながら、国民に勇気と希望を与えたと賞賛
している(3月21日同紙)。現政権は、東北復興のために見習ってもらいたい。
「東北学」の開設者$ヤ坂憲雄氏や、東北応援団長℃R折哲雄氏は、今回の原発事故につ
いて、なぜ東京が使う電力を東北が作るのか、なぜ本来東京が背負うべき負の遺産を東北が負
わされるのかと疑問を呈している。まったく同感だが、しかし東北人はそれを恨まず、むしろ
誇りに思って生きたい、と東北人の一人として思う。がんばれ東北人。 (2011/03)