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電車内ウォッチンク3態
山崎義雄(2011.8.3)
えてして電車内で人も無げなる$Uる舞いをする輩(やから)は若い層に多い
が、近頃は中高年者にも増えている。これまで私は、そういう場面に遭遇すると、
見過ごせずについ口を出して注意することもあったが、いい齢になってからは身の
危険を考えてあまり口を出さずに我慢するようになっている。
これはたった1日、2月10日の車内生態ウォッチング・3態である。時間は前
後するが面白くない話から始めると、午前と午後4時台、往復した中央線の車内で
爪楊枝を口にくわえている老人を見た。お二人とも人品骨柄卑しからざる、という
のは大げさだが、普通の恰好をしたご老体だ。仮にこれが昼食時だったとしても電
車内での爪楊枝は情けないる。家の中でさえみっともないだろうに、いつから社会
に範を示すべきご老体のたが≠ェ外れたのか。
次が午後5時台、新宿を発車した小田急線の電車内で、向かい側の席に座った40
代前半とおぼしき女性が、カタログ雑誌のページを音を立てて破り始めた。何度も
破いて要らないらしいページを座席に置き、最後に、必要なページを足下の床に口
を開いて置かれたバック、高級そうに見えるバックの中に押し込んだ。
その間に、腰の横に置かれた残骸のページが2、3枚床に落ちた。これを拾い上げ
るかと思ったら、座席の下側にがさごそと手で押しつけておしまい。新宿から2つ目
か3つ目の駅で立ち上がり、ドアに向かう女性。私の横にいた年配のご婦人の「ァ」と
いう小さな驚きの声と同時に、私が「あんた、そこを片づけて行きなさい」と女性に
声を掛けた。
この女性、恐縮もせず悪びれもせず、引き返してたんたんと紙くずを集めて手に
持ち、何事もなかったかのように下車していった。その落ち着きぶりには気味悪い
ものがあった。
3つ目はちょっと良い話。午前10時過ぎの新宿駅中央線ホーム。30代の母親と
5、6歳の女の子。母娘とも十人並みの容貌で服装も地味。「吉祥寺に一番早く着く
電車はここでいいのでしょうか」と母親に聞かれて「そうですよ」と答えた途端に
母親に手を引かれたその子が「有難うございました」と明るい声を上げた。
来たのはがら空きの電車で、私とその親子はシルバーシートのはす向かいに座っ
た。少したって母親が小さな弁当らしき器を出して、サジで子供に食べさせ自分も
食べる。食べ終わったら子供は「こぶとりじいさん」の絵本を開いた。その間、親
子の会話はまったくない。やがて母親はシルバーシートのカドに顔を隠すようにム
リな姿勢で体をひねって窓側を向き、手早く化粧をなおす。
電車内での弁当と化粧。いつもの私ならハラを立てるケースだが、遠慮がちな親
子の仕草は不快に見えなかった。間もなく私は読書に没頭して、二人への観察は中
断。電車が吉祥寺に到着。降り際に私に向かって母親が「有難うございました」と
挨拶。「いいえ」と答えた途端「さようなら」と女の子。おしゃまともおしゃべり
とも見えなかった女の子の明るい挨拶が心に浸みた。「さようなら」と返事を返し
たが、もう一言「元気でね」とでも声を掛けてやればよかったと悔やまれて、心に
余韻が残った。