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加齢と「知・情・意」(前篇)

山崎義雄

(初出 2005.7 修正再録2011.10)

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 近ごろ、とみに記憶力の衰えを痛感する。そこで6年前にネットで発表したエッセイが
思い出されたので再録する。そのころ、加齢によって記憶力が衰えることはないという脳
科学の研究成果の発表があったようだ。その辺りから話が始まっている。
 これは実に朗報だ。記憶をつかさどる脳の中の「海馬」の神経細胞は、鍛えれば鍛える
ほど増殖する、というのが加齢によって記憶力の衰えないことの理由らしい。
 問題は、「鍛えれば鍛えるほど」というところにある。どうも私は鍛え方が足りないら
しい。あるいは深酒によって脳細胞の劣化、損傷を招いているのかもしれない。近頃はつ
くづく記憶力の衰えを感じることが多い。
 つい4、5年前までは1ヵ月ぐらいのスケジュールはだいたい頭に入っていたが、近頃
では数日先の予定を確かめるためにしょっちゅう手帳を開く。はなはだしい時は閉じた途
端に忘れたり不安になってまた開くこともある。
 脳科学の本によると「海馬」と同格の組織に「扁桃」「側坐核」があり、その3組織の
それぞれが、知、情、意をコントロールするらしい。
 人間として知・情・意のバランスがとれていることは幸せだ。そのバランスは人生経験
と共に円熟の度合いを増すものだ。時に知情意のバランスが崩れることがあっても三者の
総合力で修復・回復できればいい。ただし時には知情意のどれかが突出してバランスが大
きく崩れることがあっても、その突出したエネルギーによって人生の大きなドラマを演ず
ることさえあり得る。
 知情意のうちどれが欠けても人生は悲惨だ。しかし遅かれ早かれ知情意は加齢とともに
劣化する。そして必ず欠けて消える時がくる。人生の終盤を迎えた時、知情意のどれかが
欠けていき、どれかが消え残って強く主張する時は、思いもよらない醜態を演ずることに
なりかねない。
 人間が最後の死を迎える時、知情意の三者がロウソクの火が消えるように等しく終息す
ることができれば、穏やかな臨終を迎えることができるのではないか。加齢と共に、人生
の終末に向かっての心の在り様を考えるようになる。