暮から年初にかけて「絆」という一文字が大いに注目された。周知の通り、日本漢字能力検定
協会が発表した昨年一年を締めくくる漢字として一位に選ばれたのが「絆」だ。
読売新聞のコラムに『「絆」の本来の意味は』と題して平山徹氏の署名入り記事(1月8日付)が
あった。「『絆』という言葉の氾濫、何とかならないでしょうかね」というNPO法人の相談役、
松島如戒さんからの手紙から話が始まる。
その松島さんが言うには、我が国の戦前、戦時、敗戦後の社会は、「絆」という綱でがんじが
らめに縛られ、閉塞感でいっぱいだった。敗戦からの数十年は、「絆」から解き放たれるための
闘いの歴史だったという。
松島さんの歴史観についてはひとまず置くとして、「絆」の意味について、「漢字源」によれ
ば、@ほだし、きずな。鳥の足にからめてしばるひも。また人を束縛する表現、人情などのたと
え。Aしばって自由に行動できなくするーとある。「ほだし」を「広辞苑」で見ると、@馬の脚
などをつなぐなわ。A足かせや手かせ。B自由を束縛するものーと記されている。
そこで平山氏は『衝撃だった。私自身、本来の意味を知らないまま「絆を求めて」「絆の再生」
といったようにこの言葉を使っていたからだ』と反省する。(中略)
コラムの結びは「何歳になっても初めて知ることはたくさんある。新しい年も、謙虚に、貪欲
に、学び続けたいと考えている」となっている。この結びには私も全く同感で、平山さんという
人は率直で良い人に違いない。
しかし、読売新聞という大マスコミのコラムが与える影響は小さくないのではないか。これを
読んだ半可通が『「絆」の本来の意味は』とひとくさり批判的な言辞を弄する心配もある。マス
コミ人たる平山氏が、簡単に松島氏の手紙に脱帽するのはいかがなものかと思う。
辞書を引くにしても、「ほだし」に比重をおいて引用しているのはどうか。広辞苑では「ほだ
し」だけを引いているが、その前に「きずな」を引くべきではないか。そうすれば、絆とは、@
馬・犬・鷹など、動物をつなぎとめる綱。A絶つにしのびない恩愛。離れがたい実情。とある。
ここにあるAの意味が、「ほだし」から引いたのでは欠落してしまう。
言葉には裏表がある。思うに「絆」という言葉には、表に出して掲げたり皆でお題目のように
唱えるものではなく、精神の深みに沈潜する思いではないか。
暮れの天皇陛下のお言葉にもあった絆の一文字は、天皇陛下の御心から出た慈悲のお言葉だ。
震災後に世界の支援に対して時の菅総理が感謝の挨拶に使った絆やNHKの紅白歌合戦で大いに
宣伝した絆に鼻持ちならない思いをした人も少なくないはずだ。言葉は言うべき人が言わなけれ
ば浅薄になる。
山崎義雄(2012.1.15)
「絆」のウラおもて